娯楽の基本書

東京大学大学院法学政治学研究科在学中。司法試験、予備試験、ロー入試攻略サイト(途上)。

中大2019刑法

第1.甲の罪責について

1.甲がAの胸元にハンターナイフを突きつけて顔を殴ってから財布とカバンを奪った行為について強盗致死罪(刑法240条前段、236条1項)が成立しないか。

(1)「暴行」とは、犯行抑圧程度の不法な有形力の行使である。

 本件では32歳と若い甲が55歳と高齢のAに対して、長さ159cm・厚さ6.3mmと殺傷能力が十分あるハンターナイフを用いて、人影のない暗い歩道という助けを呼びにくい場所で、胸元という枢要部に向けて語気を強めて脅すという手段を用いている。また、甲は思い切り顔という枢要部を殴っている。そうすると、犯行抑圧程度の有形力行使があったといえ、「暴行」といえる。

(2)本件では、甲は乙に財布とカバンを持たせて100mも現場を離れており、それらの占有は甲に移ったといえるため、「強取」といえる。

(3)Aは本件で「死亡」している。もっとも、本件ではAの特殊な脳の疾患のせいで死亡したとも考えられ、甲の行為とAの死亡結果に因果関係があるといえるか。

 ア、因果関係は処罰の適正を図るものであるから、判断基底に限定を加えず、行為の危険が結果に現実化したかで判断される。

 イ、疾患があるAの頭部に衝撃を加えれば、致命的な損傷が加わる恐れがあった。本件ではそれが現実化し、脳に重篤なダメージが与えられており結果Aは死亡している。よって、危険が現実化したといえ、因果関係が認められる。

(4)以上から、強盗致傷罪(a)が成立する。

3.乙が下記三つの行為をしたことにつき、有印私文書偽造罪(159条1項)、同行使罪(161条1項)、詐欺罪(246条1項)の共同正犯が成立しないか。

(1)共同正犯の処罰根拠は、相互利用補充関係による因果性の惹起にある。そうすると、要件は①共謀、②それに基づく実行行為であるといえる。

(2)本件では、BでAのクレジットカードを用いることを相談しており、意思連絡がある。また、購入した機器を甲乙で分け合っており甲も利得をしており、正犯意思もある。したがって、共謀があるといえる(①)。下記のようにそれに基づく3つの実行行為がある(③)。以上から、上記各罪の共同正犯(bcd)が成立する。

第2.乙の罪責

1.乙には強盗致傷罪の承継的共同正犯が成立しないか。

(1)共同正犯の処罰根拠は上記のものである。加担前の結果には加担者の行為は因果性を持ちえず、原則として承継的共同正犯は成立しない。もっとも、先行者の行為の効果を積極的に利用した場合は因果性を有するといえ、例外的に承継的共同正犯を認めてよい。

(2)本件では乙はAが倒れている状態を利用している。よって、甲により作られた犯行抑圧状態を積極的に利用しており強盗罪(236条1項)の範囲で共同正犯となる。よって、強盗罪の共同正犯が成立する(e)。

2.乙がBで4回にわたり「ご署名」欄に「A」と書いた行為について有印私文書偽造罪が成立しないか。

(1)下記のように乙は用紙を「行使」しているから「行使の目的」がある。また、乙は「A」という「署名」を使用している。そして、売上表用紙は権利義務の発生存続変更消滅という法律効果を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする文書であり「権利、義務…に関する文書」である。

(2)「偽造」とは、作成者と名義人の人格の同一性を偽ることを言い、作成者は文書作成に関する意思主体、名義人は文書から看取される作成者である。

 本件では文書を作った意思主体は乙で作成者は乙であるが、「A」との記載があれば用紙からはAが作ったと看取され名義人はAである。よって、同一性の偽りがあり、「偽造」といえる。

(3)よって、有印私文書偽造罪(g)が成立する。

3.乙は同用紙を店員に提出しており、相手方に偽造文書を認識させているから、「行使」(161条1項)といえ、同行使罪(h)が成立する。

4.機器を乙が得た行為につき、詐欺罪が成立しないか。

(1)「欺」く行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることを言う。

 本件では、乙はAであるとしてクレジットカードを利用している。カードの登録者以外のカード使用は制度上認められていないから、Bは乙が乙だと知っていればカード使用を拒んだはずである。そうすると、交付の判断の基礎となる重要事項が偽られたといえ、「欺」く行為があるといえる。

(2)機器の占有は乙に移転しており、「交付」といえる。

(3)以上から、詐欺罪(i)が成立する。

第3.罪数

 bとc、gとhは手段目的の関係にあり、dとbc、iとghもその関係にある。よって、bcとghが牽連犯(54条1項後段)、dとbc、iとghも牽連犯となる。bcdとa、ghiとfが併合罪(45条前段)となる。

以上。