娯楽の基本書

東京大学大学院法学政治学研究科在学中。司法試験、予備試験、ロー入試攻略サイト(途上)。

中大2020刑法再現

第1.乙の罪責

1.乙がAの頸部を押さえつけて死亡させた行為について、傷害致死罪(刑法205条)が成立しないか。「傷害」とは、人の生理機能を侵害することをいう。本件では、乙はAの頸部の生理機能を侵害しており、「傷害」といえる。また、Aは「死亡」している。もっとも、正当防衛(36条1項)が成立しないか。「急迫不正の侵害」とは、違法な法益侵害が現在し又は間近に押し迫っていることをいう。本件では、酩酊すると大暴れするAが相当に酩酊して甲に殴りかかろうとしており、甲に対する傷害結果が間近に押し迫っているといえる。よって、「急迫不正の侵害」といえる。また、「防衛するため」といえるには防衛の意思を要し、その内容は急迫不正の侵害を認識しつつそれを避けようとする単純な心理状態をいう。本件では、乙はAをおとなしくさせるために頸部を抑えており、専ら甲・自らへの法益侵害を避けるためにしたといえるため、単純な心理状態といえる。よって、防衛の意思があり、「防衛するため」といえる。「やむを得ずにした」とは、防衛行為の相当性をいう。Aは52歳であり乙は28歳であるため、乙の方が体力もある。また、本件では乙は頸部という枢要部に思い切り体重をかけるという危険な方法をとっている。このような方法でなくとも、身体のどこかを押さえつければAはおとなしくなったといえる。よって、防衛行為は過剰だったといえ、相当性が認められない。よって、正当防衛は成立せず、傷害致死罪が成立する。もっとも、「防衛の程度を超えた」(同2項)といえ、過剰防衛が成立し、刑が任意的に減免される。

2.乙が引き出しから15万円を持ち去った行為について、窃盗罪(235条)が成立しないか。「窃取」とは、占有者の意思に反して、財物を自己又は第三者の占有に移すことをいう。本件では、Aは6時30分に死亡しており、乙の持ち去りはそのあとの7時であるため、Aに15万円の占有は認められないのではないか。

(1)占有とは財物に対する事実的支配であることから、原則として死者の占有は否定される。もっとも、死者の占有も法的保護に値する場合がある。そこで、占有者を死亡させたものとの関係では、死亡と時間的・場所的に近接する死者の占有は、例外的に認められる。

(2)本件では、上記のように乙はAを死亡させたものである。また、7時は6時30分のたった30分後であり、15万円はAが死亡した場所である家の中の引き出しに入っていた。よって、時間的・場所的近接性も認められ、Aは15万円を占有していたといえるため、乙はAの意思に反して15万円を自己の占有に移したといえ、「窃取」といえる。

(3)もっとも、Aと乙は父子関係にあり、「直系血族」(244条1項)といえる。よって、窃盗罪が成立するとしても刑が必要的に免除される。

3.よって、上記2罪が成立し、併合罪(45条前段)となる。

第2.甲の罪責

1.甲がAの体を押し付けていた行為について、傷害致死罪の共同正犯(60条)が成立しないか。

(1)共同正犯の処罰根拠は、相互利用補充関係による因果性の惹起にある。よってその要件は、①共謀、②それに基づく実行行為をいう。

(2)本件では、甲・乙間で現場での黙示の意思連絡があり、両者には正犯意思もあるため、共謀があるといえる(①)。それに基づく実行行為もある(②)。よって、傷害罪の共同正犯が成立する。

(3)もっとも、乙は頸部が抑えられていることは知らなかったため、正当防衛の要件(※該当事実)を認識しており、違法性阻却事由該当事実不存在を認識していないといえ、責任故意を欠き、傷害致死罪の共同正犯は成立しない。

2.以上から、乙に負わせる罪責はない。

以上