娯楽の基本書

東京大学大学院法学政治学研究科在学中。司法試験、予備試験、ロー入試攻略サイト(途上)。

予備試験H24刑事訴訟法

第1.おとり捜査の適法性

1.おとり捜査とは、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する捜査手法である。

 本件では、Kから捜査協力を受けたAが、その意図を秘して甲に「覚せい剤100gを購入したい」と申し込み、犯罪実行を働きかけている。そして、甲が「今日の午後にここで待つ。」と覚せい剤の譲渡に応じて組員の自宅に立ち寄った後の所持品であるケースを捜索し、甲を現行犯逮捕している。よって、一連の捜査はおとり捜査に当たる。

2.おとり捜査は「強制の処分」(刑事訴訟法(以下略)197条1項但書)にあたり、法律の根拠規定を要しないか。

(1)現行刑訴法の「強制の処分」は憲法33条、35条が保障する権利利益を制約する。そうすると、強制処分法定主義の厳格な手続は、それらと同等の権利利益にのみ及ぶと考えられる。よって、「強制の処分」とは、①相手方の意思に反し、②身体住居財産等の重要な権利利益に対する実質的制約を伴う処分をいう。

(2)確かにおとり捜査は現行犯逮捕等の対象者の意思に反する(①)。しかし、おとり捜査では対象者は最終的に自らの意思で犯罪の実行に出るのであり、意思決定の自由を著しく侵害することはない。よっておとり捜査では重要な権利利益の制約を加えるものではなく、「強制の処分」とはいえず、法律の根拠規定がなければ許されないものではない。

3.もっとも、おとり捜査も意思決定の自由を多かれ少なかれ侵害する。そこで、「目的を達するため」(同本文)の範囲で許されるという捜査比例の原則が適用される。そこで、①直接の被害者がいない薬物犯罪等の犯罪では、②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合において、③機会があれば犯罪を実行する意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは少なくとも許される。

 本件では、甲は覚せい剤取締法違反で逮捕されており、殺人等の犯罪と比べて直接の被害者がいない犯罪といえる(①)。また、Aの取調べの際にKが得た甲に関する情報・通常の手法では甲の検挙が困難だったという事情があり、通常の捜査方法のみでは甲の犯罪の摘発が困難だったといえる(②)。そして、甲はAに対して覚せい剤の購入を持ち掛けたことがあり、覚せい剤を常習的に譲渡する密売人であると考えられる。よって、甲は機会があれば覚せい剤を譲渡すると疑われる者といえる(③)。

4.以上から、本件おとり捜査は適法である。

第2.録音録画の適法性

1.本件ではKはAに対して甲に覚せい剤の譲渡を申し込む様子、それを承諾する様子をビデオで録音録画させている。このような録音録画は「強制の処分」にあたり、法律の根拠規定を要しないか。

(1)上記規範で判断する。

(2)対象者は捜査のための録音録画を拒まない訳がなく、録音録画は相手方の意思に反する処分といえる(①)。また、確かに録音録画は継続的に対象者の声、姿を記録し続けることができ、対象者のプライバシー権憲法13条後段)は侵害される。しかし、会話の内容は相手方に委ねられているといえるから、録音者が相手方との会話を録音したとしても重要な権利利益が制約されたとまでは言えない。また、午前10時の喫茶店内は客、店員から容貌を観察されることを受忍すべき時間・場所であるから、この時間ここで録画される容貌は重要な権利利益とまではいえない。よって、録音録画は「強制の処分」にあたらず、法律の根拠規定がなければ許されないわけではない。

2.もっとも、本件では甲のプライバシー権は多かれ少なかれ侵害されている。よって、上記捜査比例の原則より、捜査の必要性、緊急性などをも考慮した上、具体的状況の下で相当といえる限度で許される。

 本件では、覚せい剤取締法違反が被疑事実となっており、密行性の高さから早く甲を逮捕する必要があった。また、録音・録画のいずれかだけでは甲が密売人であるとの確証が得られないため、録音・録画の両者によって確実に甲が密売をする様子を記録する必要性も高かった。以上から、本件録音録画の必要性は高かったといえる。

 一方で、録音録画されたのは「100gなら100万円だ。」というような不法性の高い会話内容及びそれを話す甲の姿であり、要保護性が低いようなものだった。また、喫茶店内であれば他の人間から会話内容や姿を甲が見られたとしても仕方がなく、甲のプライバシー権の侵害の程度は低いといえる。

 以上から、具体的状況の下相当といえ、本件録音録画は適法である。

以上。